日記・コラム・つぶやき

2011年8月 3日 (水)

本来は勝ち負け、善悪などはない。

震災に負けないという言葉は
病気に負けないという文脈とどこか通じるものを感じます。
一つの出来事を勝つか負けるかの文脈で語るとき
人はそこから余計に苦しくなるような気がするのです。
病気が人間の成長に欠くべからざる存在であることは
科学治療崇拝主義に陥っている一部の関係者を除いては
もはや多くの人が事実として認識していることです。
病気に限らず、それが震災であっても
人は死と正面で向き合ったとき初めて
本当の自分を知るきっかけを掴むのでしょうか。
震災を肯定など到底できませんが
時間をかけて受け入れることは
歴史上多くの方々が経験されてきたことだと思います。
善も悪も存在しないのだという
世の中の本当の姿に気づくために
人は常に命がけで生かされているのでしょう。

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2011年6月14日 (火)

快と欲

千賀一生さん主宰の“わの舞”に参加してきた。

千賀さんを知ったのは「タオコード」という著作からだが

その後の「ガイアの法則」も含め

彼のメッセージは私の世界観に大きな影響を与ええてくれた。

個としてのカリスマを感じない彼の存在感は

かえって全体を感じさせてくれる大きさがある。

今回「タオの法則」という本が出版されるにあたり

舞の後、第二部で記念講演をいただき、お話をじっくり聞くことができた。

書物による勉強の成果だけではなく

体得したものだけが語れる揺るぎない安定感が場を包む。

抑揚のない静かな淡々とした語り口は

本物の人に共通したものがある。

さて、その話の中で

“快感覚”が大事だという言葉をいただいた。

「快」と「欲」は違う。

「快」に従ってすすめばエゴに苦しむことなく普遍的な幸福を感じることができる。

「欲」は内なる幸福を感じることのできない不満を

欲望という別のものを外部的に満足させることで一時的に解消する。

たとえれば病気にクスリ(胃薬とかね)を使うようなもので

根本は何も解決せず、ますます内なる不満は募るのである。

実に単純、そして深い論理である。

なぜなら

快と欲の境界線は実に曖昧で

人によってもそれぞれ微妙に違う。

つまり人に答えを求められないのである。

自分に向き合うしか方法はない。

現世に生きる以上

大半の人間にとっては

一生のテーマとなりうるだろう。

しかしその過程でこそ人格は練られていく。

快と欲の永遠に続くような境界線の曖昧さの中で

人は最低限、魂を磨いていけるのではないだろうか。

なんだかワクワクしませんか?

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2008年12月10日 (水)

また1冊分、生まれ変わった。

最近、意外なところで意外な方に

ブログ読んでます。などと言って頂いた。

全然何の更新もしていないのに、ありがとうございます。

せっかく言って頂いたのだから、なんか書こうっと。happy01

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・あ、最近いい本を読みました。

「街場の教育論」 内田 樹(たつる)

本当に深く大事なことがやさしく書かれていて見事。

この著者は大学の教授なんですが

現場でバリバリ先生の仕事をしている人だけに

全篇、先生というものへの応援メッセージに満ちています。

もちろん、自身の立場の弁護などというものではなく

「学び」というものへの本質的な洞察が根底に流れています。

そして、一瞬たりとも一時停止できない、生きている教育現場の現実の中で

奇跡の救済策や救世主を求めるのでなく

今ある手持ちの資源だけで、できうる最良のことをまずやる

というスタンスが貫かれています。

さらに。

この人は合気道の師範でもあるためか

人知を超えた目に見えぬ何か偉大な力というものを

身体で知っているところがある。

一部を抜粋してみますと

~学校の仕事、教師の仕事は、何よりも「外部」への欲望を起動することですけれど、それはふつうの人が考えるような「俗世間」のことではありません。子供たちに「世の中、所詮、色と欲だ」というようなことを教えるのが「外部」との回路を立ち上げるということではありません。そのような、現に親たちや周囲の大人たちやメディアが喧伝する「世俗の価値観」とは違う文法で叙され、違う度量衡で考量される「叡智の境位」が存在するということを信じさせること、それが教育の第一義的な目的だと私は信じています。~

すばらしい。

どうですか、あなたはどうお感じになりました?

「アメリカでは学校で証券取引のシュミレーション授業があるらしいよ」

と聞いて、一部のアメリカナイズ洗脳者を除いて

「なんかちょっと違うんじゃない?」と感じた我々日本人の感性はやはり正しかったのです。

教育に関心のある人なら、ましてや人の親なら

教育とは何か、というテーマを様々な書籍や実体験を通して

何度も自問自答してこられたと思います。

むろん、その答えのすべてが正解であると思いますが

最近の私には、本当に我が意を得たりの言葉でした。

他にも、なぜ子供たちに(いや大人でさえも)師が必要なのか

なぜ武道が素晴らしいのか、なぜ素読が大切なのか・・・

自分が解ききれなかった問いへの答えの道標が

この本にはありました。

現代日本人ががもはや忘れ去ろうとしていた

人間が人間らしく生きるためにどうしても必要な思想が

古代の賢人たちが声を嗄らして(知らんけど)叫んできた叡智が

ここに見事に現代語訳された感があります。

人それぞれにいろんな気付きあると思います。

ぜひ、ご一読を。

そして、できるなら語り合って、共に気付きを深め合いたいと思います。

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2008年6月11日 (水)

有り難き幸せ

三人目の子を授かった。
彼はただそこに居るだけなのに
取り巻く者どもの心と身体を瞬時に変えてしまう。
この秘められた凄まじい存在のチカラ。
まさに光の子である。

つくづく思う。
決してこの子の邪魔はすまい。
大人の欺瞞に満ちた思考の犠牲にしてはならない。
子供の無限の可能性を
親の矮小な期待の内に閉じ込めてはいけない。
自分にしてやれることは
この子が自らの力で羽ばたく力と勇気を蓄えるまで
じっと傍らで見守っているだけだろう。

このろくでもない世の中で
あなたに会えた。

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2006年6月18日 (日)

オフ会

昨日

えいたろう屋コミュニティの

所謂オフ会というのを開催して頂きました。

幹事のちゃおさんありがとうございます。

まあ、ほとんどが顔見知りということもあって

ただの飲み会と化しておりましたが。

それでも、たった一人でしたが初対面の貴重なご縁があり

何より、皆さん例外なく遠方より泊りがけで来て頂き

幸せな時間を過ごすことができました。

偶然でしたが(恐らく偶然ではない)

家内の着付け教室のお仲間の飲み会と重なり(人数も一緒!)

着物人口密度はかつてないほど上っておりました。

店内の他のお客様に少なからぬ影響を

与えられたのではないかと

密かにほくそ笑んでいます。

こういうツイてる一日を過ごせたことに、感謝!

 

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