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2011年8月 3日 (水)

本来は勝ち負け、善悪などはない。

震災に負けないという言葉は
病気に負けないという文脈とどこか通じるものを感じます。
一つの出来事を勝つか負けるかの文脈で語るとき
人はそこから余計に苦しくなるような気がするのです。
病気が人間の成長に欠くべからざる存在であることは
科学治療崇拝主義に陥っている一部の関係者を除いては
もはや多くの人が事実として認識していることです。
病気に限らず、それが震災であっても
人は死と正面で向き合ったとき初めて
本当の自分を知るきっかけを掴むのでしょうか。
震災を肯定など到底できませんが
時間をかけて受け入れることは
歴史上多くの方々が経験されてきたことだと思います。
善も悪も存在しないのだという
世の中の本当の姿に気づくために
人は常に命がけで生かされているのでしょう。

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