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2011年6月

2011年6月23日 (木)

陰陽

大きな節目の夏至を越えました。
陽の気が満ちる今は
陰性の食べ物が美味しく感じるときのようです。
そういえばある方が言ってました。
陽の現象があらわれたときは
心を陰で構えてバランスをとれと。
たとえば
宝くじに当たったとすると
いつも以上に質素にする。
何かで賞賛を受けたら
一にも二にも謙虚に受け止める。
陽には陰
陰には陽が
必ずセットになってくっついてくる。
一見酷い目にあったとしても
それが大きな幸福へのとば口となることもある。
まあ、辛い目に合わなければ
幸せがどういうものかもわからないのだから
考えてみれば当たり前の表裏の関係。
でも、その当たり前のことを
自分の時だけ忘れてしまう。
主観で事実のすべてが曇ってしまう。
陰陽の法則を身につけるには
自分を客観的に見るもう一つの目が必要ですね。

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2011年6月14日 (火)

快と欲

千賀一生さん主宰の“わの舞”に参加してきた。

千賀さんを知ったのは「タオコード」という著作からだが

その後の「ガイアの法則」も含め

彼のメッセージは私の世界観に大きな影響を与ええてくれた。

個としてのカリスマを感じない彼の存在感は

かえって全体を感じさせてくれる大きさがある。

今回「タオの法則」という本が出版されるにあたり

舞の後、第二部で記念講演をいただき、お話をじっくり聞くことができた。

書物による勉強の成果だけではなく

体得したものだけが語れる揺るぎない安定感が場を包む。

抑揚のない静かな淡々とした語り口は

本物の人に共通したものがある。

さて、その話の中で

“快感覚”が大事だという言葉をいただいた。

「快」と「欲」は違う。

「快」に従ってすすめばエゴに苦しむことなく普遍的な幸福を感じることができる。

「欲」は内なる幸福を感じることのできない不満を

欲望という別のものを外部的に満足させることで一時的に解消する。

たとえれば病気にクスリ(胃薬とかね)を使うようなもので

根本は何も解決せず、ますます内なる不満は募るのである。

実に単純、そして深い論理である。

なぜなら

快と欲の境界線は実に曖昧で

人によってもそれぞれ微妙に違う。

つまり人に答えを求められないのである。

自分に向き合うしか方法はない。

現世に生きる以上

大半の人間にとっては

一生のテーマとなりうるだろう。

しかしその過程でこそ人格は練られていく。

快と欲の永遠に続くような境界線の曖昧さの中で

人は最低限、魂を磨いていけるのではないだろうか。

なんだかワクワクしませんか?

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