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2008年5月

2008年5月16日 (金)

愛することに疲れたみたい

「愛こそすべて」と人は歌うが
果たして本当に「愛は地球を救う」ことができるのか。
恐らく、小さな愛は知らぬ間にこの世を破滅に導き
大きな愛は、もしかしたら宇宙を真の進化に導きうるかもしれない。

小さな愛とは利己愛。
偏狭な家族愛もこの愛の延長線上にあるだろう。
人類は利己的家族愛に固執して、他を排し
民族や人種、信仰の違いに拘り、今も争いを繰り返している。

人類が理想とし目指し続けて来たはずの隣人愛を
本当に育んでいるのは
文明から遠く離れた未開の地に住む人々と
野生の動植物だけだろう。

隣人愛のお家元、キリスト教などは
史上最大の虐殺・略奪を許し続けた宗教と言っても過言ではない。
本当に隣の人位しか愛せないほど偏狭な集団なのだろう。
もちろん、宗教団体はどこも似たようなものだ。
どの宗教も隣人愛を謳っていない教義はないはずなのに
皆集団になり他と一線を引くととたんに偏狭になる。
宗教心という高邁な精神性と
宗教団体という世俗の象徴との落差は
もはや天国と地獄ほどの違いがある。

大きな愛というのは、自と他の区別がない。
自己がどんどん融けだして、全てと一つになる。
まさに「己なければ全て自己」なのである。
つまるところ、誰かを愛するという意識すらなくなるのだろう。

たぶん、我々の本当の姿はこうで
区別への拘りは、ほとんど妄想に近い観念の世界だろう。

我々は観念の奴隷だ。
汝の敵を愛せと叫ぶ必要などない。
元々敵などどこにもいないではないか。

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