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2007年1月

2007年1月10日 (水)

横着

着物で食事をしていると袖の袂に大きな制限を受ける。

ブッフェスタイルの時など片手だけを伸ばして目標の料理に近づこうなど言語道断。

袂は途中のスープやらソースやらで美しく彩られてしまう。

必ずどこかに手持ちの皿を置いて、その手で袂を押さえながら確保しにいく。

左手右手を駆使して料理にがっつくことなど考えられない。

自然、一つひとつの動作が確実に行われ美しくなる。

要らない物まで取って食べるということも減り、下品になどなりようがない。

取り放題という無条件下であればこそ、秩序ある動きは意義が大きい。

人間にとって最も醜いことの一つに「横着」があると思う。

ゴミのポイ捨てなど横着の極みだろう。

横着な人は本当にしょっちゅう見かけるが、実に下品だ。

美しい日本にするなら、横着をまず抹殺しなければならないだろう。

着物は放っておくとどんどん横着になりかねない人間を

制御する機能を有しているのではなかろうか。

もっと型と秩序の重要性を認識しなければ。

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2007年1月 7日 (日)

節目

遅ればせながら

あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願い申し上げます。

いつの頃からか正月はすっかり連休の一つくらいの

立場に追いやられてしまった。

さすがに初詣に出かける人は多いが

凧も上げなければ、羽根もつかないし、独楽も回さない。

暮れに餅をつくなんて古い会社などにかろうじて残っているだけだろうか。

格好など惨憺たるもので

着物などこれだけブームと言われていても本当に少ない。

初詣で一番多いのは恐らくグラウンドコートだろう。

(ここはラグビー場か?)

正月行事に対する姿勢のあり様はその一年全ての姿勢を代表する。

一年の計は元旦にありとはよく言ったものだ。

要するにけじめがないのである。

けじめの無さが戦後民主主義教育の最たる特徴だろう。

けじめがないから人間としての規律ができず

組織に規律の文化が生まれず

結果として人間が成長するシステムが育たないのだと思う。

教育は教え方の理屈を論じ合っても無駄だろう。

基本的なことだけでいいから

小さい時から規律ある生活を営み規律を重んじる人間に導く。

(親がやるだけでいい。私のような育ちの悪い大人にはしんどいけど^^;)

これだけで、少年少女たちは放っておいても

自分の頭で正しく考える正しい大人に育っていくだろう。

子供に大人の考えを教え込もうなんて神をも畏れぬ仕業なのである。

だから、バカな親や教師ほどそうしようとする。

バカを蓄積していった大人たちより遥かに賢い子供達は

当然猛烈に反発するという構図である。

規律ある人、規律ある文化だけが偉大な組織をつくっていくという。

国もまた然り。

正月の準備は大変である。

節目を重んじ、けじめのある生活を営んでいくのは結構労力も要る。

すべてをパスしたら明らかに楽チンだ。

しかし、しかし、それだけでは世の中としては確実に落ちていくのである。

お天道様にも逆らうことなのだから、到底勝ち目はない。

残念ながら規律なしでは人間社会は確実に堕落の方向へ移動していくのである。

そう、歴史が教えてくれている。

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