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2006年12月14日 (木)

来年

今日一日の区切りで生きることが理想ではあるが

凡人としてはつい来年のことを考える時節となってきた。

来年の目標は・・・

様々な話が湧き上がってきて

そのほとんどが魅力的ではあるのだが

やはりそれでも優先順位をつけることは

そのすべてに等しく全力投球する(つもりになる)より大切だ。

本当に自分が大切だと思っている事。

したいこと、しなければならない事。

純粋に本然の自性を見つめる努力をし続けなければならない。

私が長年興味を持ち続けているテーマは「教育」である。

このちょっとやそっとでは捉えきれそうにない怪物のようなテーマに対し

近年たどり着いたキーワードは“心”。

心のありようこそが人生であり

心を育てることこそが教育であるということを

いったいどれだけの親や教師や経営者が

肚からわかっていることだろう。

来年の私の最優先目標は決まった。

何せ来年4月は長男が小学校に入学するのだ。

「本当の教育とは何か」を共に考えなければならない

同志が大勢待っている。(はずだ)

これは紛れも無く与えられた機会である。

私も小学校に参入する!

小学校は子供を預ける場所ではないし

教師に任せきれる教育などありはしない。

好むと好まざると、子を持つ己は(と言うか大人というだけで)既に教育者なのだ。

むろん革命的な改革などありえない。

ただ現状を憂う大人たち総員で

日々無限の成長を邪魔するものどもから

国の宝、人類の宝たちの心を全力で守るのみである。

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コメント

教育とは、えらい壮大なテーマを掲げはりましたなぁ。
ま、今の先生をみていると。なぜ「先生」と呼ばれるのか、
「聖職者」と呼ばれるのか、自覚のある奴がどれだけいるか?
考えさせられますなぁ。
先生だけではなく「うちの子がなぜ学芸会で主役じゃないの?」
と文句を言うバカ親も問題ですが。
ここは一発、かましてやりましょうや!

投稿: Hiroyuckey | 2006年12月15日 (金) 23時13分

親も教師も互いの批判ばかりしあって
単純な二元論に陥っているような気がします。
何のためのPTAなのかを
改めて確認しあう必要性を感じます。
子供という一極のために
親と教師という二元が存在するのですから。
教育の原点は家庭にしかありえないことを親同士が確認しあい
いつもその延長上に社会の親である先生がいてもらえるよう
連携できるようにならなければ
PTAが子供のためになることはありえないでしょう。

投稿: はりたやすのり | 2006年12月16日 (土) 16時42分

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