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2006年2月

2006年2月25日 (土)

こころここにあらず。どこにある?

いま目の前にある物、起こっている事は

すべて心の眼を通して見ている。

心がどう見るかで、目の前の物事はどのようにも変化する。

だから、色即是空なわけです。

このことが、お金とか学歴信仰とか

現象だけで生きてきた人種には腑に落ちていない。

(自分もです。反省)

せいぜい理論で知っているだけだから

生き様にそれが出てこない。

官僚は言うに及ばず

今の政治家にも企業家にも

心を感じる人は本当に少ないですね。

自分の論理への信仰の強さばかりを感じます。

今般の耐震構造偽装やライブドア、

ついでに功を焦った永田議員の問題(一緒にしたらちょっと可愛そうですが)は

本質を見ず現象しか見てこなかった人たちの

信じられないほどの脆さを目の当たりにした気がします。

最近、少しずつですが

改めて日本の古典文学に目を通し始めています。

いつも持ち歩いているのは「徒然草」。

ここには、現代日本人が忘れている情緒のすべてがあるように思います。

大批評家である小林秀雄さんによると

「源氏物語」は人間というものの“もののあわれ”を延々と書き綴った

当時世界最高の文学だそうです。

我々はこれまで何を追いかけて来て

そして今、何を失おうとしているのか。

そのことに、もっともっと危機感を感じないといけないですね。

無理矢理ですが(本当はそうでもないですが)

きものを着ると

自分たちは何者なのか、そして何のために生きているのか

そんなことを自然体で考えられるんです。

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2006年2月16日 (木)

ブランド

えいたろう屋をブランドにしたい。

これまでの僕の切なる思い。そして目標です。

でもブランドって何?

僕なりにいろいろ考えてきたんですよ、さすがに。

大袈裟に言ってしまえば「信者がいる」

軽めに言うと「ファンがいる」ということかな。

いずれにせよ、これはやはり大変なことですよ。

普通に真面目にやってるだけではダメなんですよね、きっと。

感動的な何か、心に残るような経験を提供できなければ。

そしてそれをずっと裏切らないこと。

7年前に始めた和食は

幸い現店長兼板長の崇高な意思の元

確実にその方向へ歩み始めてくれています。

男のきもの えいたろう屋は

その意思を衣装分野に引き継ぐカタチで一昨年前に始まりました。

どー考えても

規模の大きさにこだわる事が

男の本懐とは思えないのだよ。(ホリエモン!)

やっぱり世の為人の為に

少しはなっているだろうかという問いかけは必要でしょう。

そこで働く全員が

自分たちの社会的価値を信じて日々過ごしているか。

結局ブランドの称号とは

こうした活動の継続の果てに与えられる報酬のようなものなのでしょうか。

僕は、日本発らしいブランドを育てたいのです。

日本の誇る精神文化の入り口になるような

「大和魂ブランド」。

エルメスでもナイキでもソニーでもホンダでもない

(すばらしいブランドばかりですが)

よーするに、西洋への憧憬じゃない

日本精神(伝統技術じゃないですよ)のファンが

世界中に拡がるような「経験」を提供していきたいのです。

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2006年2月 1日 (水)

男のきもの

さて、私は今、「男のきもの」の専門店を営んでいます。

なぜ、男のきものなの?と、よく聴かれます。

逆に、着物事業創業の身であり、男の私には、女の着物を手がける必然性が殆どなかった。

呉服業界の多くの方々にとって

「先祖の代からやっているから」というのが

その最も大きな要因だったのではないでしょうか?

もちろん私も別の家業を継いでいますので、それ自体は素晴らしいことだと考えています。

ただ、もう1歩の突っ込みとして、「自分には何ができるのか」の問いかけに

出てくる答えは、かなり違ったものになるに違いありません。

私の場合、実はまずハジメの1歩、いろんな経緯があって

実家を建て替え、えいたろう屋という和食店を開きました。

そこで出会った板さんの職人魂。

彼の求道者としての生き方に、大きな影響を受けました。

自分の歩むべき道は何か?

学生時代から考えてきたことや感じてきたこと

そういうものと、自分の職業観が、みるみる交差していくのを感じました。

そして、素晴らしいお客様の数々から、底知れぬエネルギーを頂くことによって

「男のきもの えいたろう屋」が、自然発生的に誕生していきます。

急がば回れの諺どおり、まったく違う分野からのスタートが

自分の中で眠っていた“本心”を叩き起こしたのです。

そういえば、私は新卒から30歳まで、コピーライターをやっていました。

広告や情報誌の文案、販促の企画など、かなり真剣にやっていました。

今、この時のものの考え方、進め方が、とんでもなく役立っています。

人生はやはり螺旋階段ですね。

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